刺青奉行・遠山景元


遠山の金さんといえば、日本ではお年寄りにも有名な江戸時代(1793〜1855年)の幕府の幕臣だった人物、”遠山景元”の事を言います。

当時の江戸では家督を継がぬ武家の次男坊、三男坊の間で刺青を身体に入れる事が流行しておりますが、この遠山景元は長男でなかった為、若い頃は刺青を入れ、博打に興じていた時期があったのだそうです。

ところが家の事情で急に家督を継ぐ事になった遠山景元は、刺青を入れた身体で勘定奉行(現在で言えば財務省官僚)をへて、1840年には北町奉行となります。この北町奉行とは、現在で言えば裁判官のお務めをする幕府のお役目です。

当時の江戸では”わいろ政治”で有名となった老中の水野忠邦が強い権力を持っており、幕府の酷い財政難を打開するために天保の改革のまっただ中。

水野忠邦は自らがわいろを受け取りながら便宜を図る一方で、芝居小屋を廃止させようとしたり、厳しい市中取り締まりをおこなって、庶民の不評を買っていました。

遠山景元は一貫して水野忠邦の政治と対立して芝居小屋の廃止も阻止したため、一時は政治の要職から外される事になりますが、1845年には南町奉行として復活。

刺青の入った身体で奉行を務めながら「罪を憎んで人を憎まぬ」庶民寄りの温情溢れる裁きにより、江戸市民の間で伝説として語り継がれた人物なのです。

財政難・わいろの横行・庶民のささやかな楽しみへの弾圧…..なんだか現代の日本とも通ずるものが有ると思いませんか?