江戸時代の刺青は隠すものでなかった事実

刺青は人に見せず隠すのが日本の伝統、江戸の伝統であると思い込んでいる日本人が刺青愛好者の中にも多くいるようです。

しかしそれは本当なのでしょうか?

この写真は19世紀、江戸の末期の飛脚(今で言う宅急便、もしくは郵便局員)の刺青姿です。彼らは夏場になると、ふんどし一丁で刺青をさらして仕事をしていたようです。

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007この他にも江戸時代の人々が刺青をさらしていた証拠を大量に見つける事が出来ます。
下の写真は同じく、これから大山詣に出かける有名歌舞伎役者5人集の日本橋付近の様子を描いた浮世絵です。やはり刺青が露出しております。

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こちらも大山詣での途中で行水する男達を描いた浮世絵です。当時の褌(ふんどし)は人に見せる事を考慮して赤色だったそうです。ということは、刺青も当然ながら人に見せる前提で彫ったと考えるのが妥当ではないでしょうか?

2013050900174_www_city_isehara_kanagawa_jp_bunkazai_ooyama_ukiyoe_sibaie_image_30toyokuni3_ouatari-taiganj下の写真は江戸時代の有名5大俳優(歌舞伎役者)の夏場の行水姿の浮世絵です。
こちらの浮世絵のシチュエーションは、夏場の風物詩であった大山詣での帰り道に、途中の滝で行水して汗を流しているシーンです。こちらは明治時代に描かれたものですが、やはり刺青と赤ふんどしを堂々と露出して水浴びシーンで、”水もしたたる良い男”が描かれています。

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このように江戸時代には、夏場の蒸し暑い時期の仕事中や、旅の途中における行水の時こそが、人に自分の勇壮な刺青を見せるチャンスであったと考えざるを得ない証拠が無数に見つかります。

昔の日本人はもっとおおらかに刺青を人に見せていたのです。

そうでなければ、このような浮世絵が残っているはずもないのです。